ツラい!キツい!しんどい!ムカつく!……の同意語とは??….

目安時間:約 20分
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 人気ブログランキング

 

 

 

 

【ツラい!キツい!しんどい!ムカつく!....

 

                    

           の同意語とは??...】

 

 

 

ブログ用88

 

 

 

⬛️ 第1期 (20〜30歳代)

 

 

 

私は中学から始めたテニスを

高校・大学まで続け、学生時代の大半を

テニス一色で過ごしてきた。

 

 

 

高校を卒業するまでは、

本気で将来プロ選手になり世界各地に遠征したい!

と夢を描いていた。

 

 

 

その夢は当時の大学テニスにおいて

日本のトップクラスの体育会に入部したまではよかったが、

卒業する頃には現実の厳しさの前に断念せざるを得なくなっていた。

 

 

 

高校時代までは自分で自分の才能を信じ

大学で開花するつもりであった。

 

 

 

しかし伝統ある大学のテニス部に入ったことにより、

そのレベルの高さ・ライバルの多さ・

厳しい練習からの現実逃避願望などから、

徐々に選手としてのテニスへの情熱が薄れていってしまった。

 

 

 

 

ブログ用87

 

 

 

 

ただプロ選手としての道は断たれたものの、

テニスに携わる仕事がしたいという気持ちは薄れなかったので、

就職はテニスが出来る会社にしようと

他の選択肢は当時の私には全くなかった。

 

 

 

4年生半ばでクラブを引退した後、

東京と神奈川のテニススクールでアルバイトをしながら

就職活動をほんの少しだけ行なった。

 

 

 

当時は現代と違い

自分が色々な候補の会社の中から選べる

といった恵まれた環境にあった。

 

 

 

私が望んだ「テニスの会社」からは

数社のオファーを頂き 最後まで何処を選ぶか悩む

といった状況であった。

現代からは想像し難い時代かも知れない..)

 

 

 

私は色々悩んだ結果、

最初にアルバイトコーチとしてお世話になった会社

へ就職することを選んだ。

 

 

 

「好きで得意なテニスを活かして仕事が出来る!」

 

 

 

期待に胸を膨らませて

社会人としての新たな人生が始まった。

 

 

 

ただ勿論のこと、アルバイト時代とは訳が違い、

雇用形態・業務内容・就労時間など

社会人としての厳しい現実が待っていたのは言うまでもない。

 

 

 

数年が過ぎ、私は

 

「仕事としてのテニス」

 

にやや疲れ始めていた。

 

 

 

 

ブログ用70

 

 

 

 

就職する以前のあるコーチのアルバイトが終わった日の夜

、当時お世話になっていたスクールの主任で後の上司となる校長と

或る生徒さんのお宅のホームパーティーにお招きを受けた時のことである。

 

 

 

普段のレッスン中とは違い、

お酒も少し入り和やかにリラックスした雰囲気の中で

その生徒さんが我々にこう言った。

 

 

 

「でも皆さんいいですよねぇ...お好きなテニスをお仕事にされて♪...」

 

 

 

アルバイトで気楽な立場の私は

「そうですね!」

とすぐに返答したのだが、その時校長は、

 

 

 

「いやあ....趣味が仕事というのは結構ツラいものですよ...」

 

 

 

とボソッと本音をこぼした。

 

 

 

私は尊敬する彼の口から

そんな言葉を聞いたのは初めてだったので、

実に意外であったが何となく分かる様な気もした。

 

 

 

その「言葉」は

私が就職した後も常に脳裏に焼き付いて離れていなかった。

 

 

 

年月を追うと共に

徐々に仕事としての「テニス」が辛くなり

「営業接待と肉体労働を同時にする仕事」

などとも思い始めていた。(苦笑)

 

 

 

 

ブログ用85

 

 

 

 

そして11年後にその会社を退職するまで、

仕事としてのレッスン業務から解放されたい

と常に感じて日々過ごしていた。

 

 

 

その後テニスを離れた私に

新たな試練の数年間が待っていたのだが、

最後にふたたび仕事として戻ってきたテニスコートに立った時、

 

 

 

「なんて居心地がいいんだ...」 としみじみ痛感した。

 

 

 

「趣味が仕事ってツラいことなんだ」

 

 

 

と感じた20代から12年が経っていた。

 

 

 

「好きなことを仕事に出来るなんて自分は何て幸せなんだ...」

 

 

 

と素直に感じた。

 

 

 

世の中にはどんなに頑張っても評価されなかったり、

お客さんの理解を得られなかったり、

クレームを受けたりする仕事など

当たり前のように存在する。

 

 

 

その中で自分は頑張れば頑張るほど

お客様の「笑顔」が

すぐそばに感じられる仕事をしている。。

 

 

 

 

ブログ用85

 

 

 

改めて「人に楽しみを与える仕事」

 

の素晴らしさを実感できたのである。

 

 

 

 

その時私は既に35歳になっていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

⬛️ 第2期 (40〜50歳)

 

 

 

ふたたび選手としての夢を追いかけたベテラン時代、

私はテニスの仕事に個人事業として再出発して

5年ほど経っていた。

 

 

 

当時レッスンの仕事以外は比較的時間に余裕があったので、

休みの日や午後などに知り合いのテニスクラブにビジターとして招かれ、

よく遊びに行っていた。

 

 

 

 

ブログ用83

 

 

 

そのクラブは日本でも有数のクラブで、

過去にデビスカップの会場としても使用された

誰もが知りうるテニス界でも有名なクラブだった。

 

 

 

所属会員もテニス界の重鎮をはじめ、

会社経営者はもちろん各界の有名人も名を連ねていた。

 

 

 

私は当時は以前の社員時代よりも

自分のテニスの時間を持つことが出来ていたので、

歳は重ねていたがスキルも円熟味を増してひじょうに好調だった。

 

 

 

そのためビジターとしても常に歓迎される様になり、

有名なテニス界の大先輩とも

よくセンターコートでプレーさせて頂いていた。

 

 

 

 

ブログ用80

 

 

 

 

 

次々と腕に自信のある会員が

私にゲームを申し込んでくれて存分にプレーさせてもらった。

 

 

 

それは休む間もないほどの嬉しい悲鳴であったが、

まだ若かった私はそれを実に楽しんでいた。

 

 

 

そんな或る日、

元デ杯選手でもあり、

日本を代表するプロテニスプレイヤーの大先輩

 

 

 

ゲームの後にこう話しかけられた。。。

 

 

 

 

「また試合に出てみたらどうだい?」

 

 

「君の年齢なら今はベテラン選手権があるよ」

 

 

 

 

 

 

ブログ用82

 

 

 

 

私は試合のことなど数年間は頭にもなかったが、

その時の自分の好調さを活かし

レベルを確かめるにはちょうど良い機会と思った。

 

 

 

そして35歳以上から5歳刻みで開催される

 

「ベテラン選手権」 に出場することにした。

 

 

 

ちょうど40歳になる年から大会出場を始め、

その後15年もの間

ふたたび試合にチャレンジし続ける選手生活を

仕事と両立することとなった。

 

 

 

何年もの間、数々の修羅場や挫折、栄光を経験し、

毎年10月にはシーズン集大成の

 

「全日本ベテランテニス選手権」

 

に常連として出場するようになっていた。

 

 

 

 

事実学生時代に成し得なかった

 

「全日本」への出場を

 

ベテランになってからは毎年のように果たすことが出来た。

 

 

 

 

ブログ用78

 

 

 

 

そんな或る年、全日本の会場で

私は自分の試合のORDER OF PLAY(オーダー・オブ・プレイ)

に従って準備をしていた。

 

 

 

つまり自分の試合の開始時間をだいたい把握し、

時間を逆算して様々な準備をすることである。

 

 

 

私は食事時間やサプリメントの補給、

更には「痛み止め」の薬や身体に装着する色々なサポーターなど、

人一倍に時間がかかる選手であった。(笑)

 

 

 

その日は朝から小雨が降っており、

本降りになる一歩手前のあいにくの天候で

試合が続行されるかも微妙な状況だった。

 

 

 

オーダー・オブ・プレイが幾度となく変更になり、

ひじょうに準備時刻が予想出来ず計算できない状況が続いた。

 

 

 

ブログ用77

 

 

 

そしてやっと次の試合と決まり

最終準備をしていたその矢先、

またしても本部により時間変更がなされた。

 

 

 

さすがに普段は温厚な私(??)も

その時だけはキレかかり

大会本部に怒鳴り込みに行ってしまった。

 

 

 

本部側もてんやわんやの状態で、

慌ててまた私の試合時間を変更し元に戻した。

 

 

 

しかしそんな不安定な精神状態で試合に望んでも

良い結果は得られないのは明白だった。。。

 

 

 

私はシードダウンを喫しその試合に敗れた。

 

しかし終わった後も実に煮え切らない。。。

 

 

 

なんと云う大会運営の手際の悪さ。。。

 

 

 

ただ負けた人間がもう言う事はなく

私は収まり付かない気持ちを電話で一番親しい人生の先輩に

文句タラタラと聞いてもらった。

 

 

 

 

ブログ用50

 

 

 

 

するとその先輩はこう言った。

 

 

 

「そんなことで怒ってはダメだよ。。。

 

今、その場にいられることを幸せと思いなさい」

 

 

 

私は我に返った。

 

 

 

「その通りだ。。。

 

私は今、選ばれた人だけしか来れない場にいる。。。

 

 

此処に来たくても来れなかった多くの選手達の代表として立っているのだ。」

 

 

 

「自分はなんて幸せな人間なのか」

 

 

 

今この場にいられることに

感謝しなければならないと。。。。

 

 

ベテラン選手の世界は実力があっても

仕事や家庭の関係で時間が取れず、

試合に出れない人たちも数多くいる。

 

 

 

独身で自営業の私は全てこの大会に照準を合わせて

年間のスケジュールもたてられる恵まれた環境にいるのだ。

 

 

 

今この場にいられることが最大の喜びであり幸せなのだと。

 

 

 

 

ブログ用76

 

 

 

 

私はこの時から常に考えるようになった。

 

 

 

「怒る前に今一度よく冷静になってみよう」

 

 

 

「お前それ本当にそんな怒るべきことなのか?

 

 

 長い人生のなかで...」

 

 

 

「ひょっとしたらむしろ幸せなんじゃないの?」

 

 

 

「近い将来にはきっと笑い話になってるよな...」

 

 

 

今生きているだけでも幸せなはず。。。

 

 

 

 

ブログ用74

 

 

 

好きなことにチャレンジし続けているなど

 

 

 

まさに「幸せの極み」である。

 

 

 

 

私は44歳にしてまた大きな人生勉強を得ることとなった。

 

 

 

 

「試練よありがとう!君はまだ私を成長させようとしてくれているのか」

 

 

 

 

 

 

ブログ用72

 

 

 

 

ニュースレターのお申し込みはコチラから

ニュースレターお申し込みフォーム
メールアドレス
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • 人気ブログランキング

この記事に関連する記事一覧

コメントフォーム

名前

メールアドレス

URL

コメント

トラックバックURL: 

プロフィール


デスパレートな独身男
 Edie (エディー)


オススメ記事
最近の投稿
カテゴリー

ページの先頭へ