偉大なる ロジャー・フェデラー =  Roger the Greatest =

目安時間:約 11分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、プロ野球界のレジェンド

 

 

イチロー選手が45才で現役を引退した... (2019.3月)

 

 

また日本スポーツ界では

 

 

サッカーの三浦 知良選手が50歳を迎え未だ現役続行中である。。。

 

 

実に驚異的な事であるが、

 

 

世界のテニス界に於いては

 

 

ロジャー・フェデラー(スイス)が、現役最年長ながら依然世界のトップに君臨している。

 

 

イチロー選手やカズ選手に比べてれば、年齢は38歳(2019年現在)とやや若く感じるかも知れないが、

 

これがテニス界に於いて、また世界のトップをキープしているという点では、いかに驚異的であるか、

 

テニスをかじった方であれば充分に理解できる事であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私事ではあるが、テニス歴約50年、コーチとしての指導者歴43年あまり、

 

又選手としても競技歴が学生、社会人時代合わせて30年程あるが、

 

 

特に年齢を重ねて男子は35歳以上、女子は40歳以上のベテラン期に入ると、

 

 

いわゆる一般のカテゴリー選手(20代〜30代前半)には全く歯が立たなくなる。

 

 

 

何故ベテランカテゴリーがあるかと言うと、

 

 

男女共にその年齢からは一般の選手と対戦しても勝負にならなくなるので、

 

 

同世代選手同士の試合で切磋琢磨する価値観を見出せるように考えられたシステムである。

 

 

その辺りを考慮しても、現在38歳で現役トップを維持しているフェデラーがいかに凄いか...

 

 

信じられないパフォーマンスを続けているかは誰もが認めるところである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男子のベテランの始まりの年齢である35歳を過ぎた頃からは、

 

5歳以上若い選手と闘うと明らかに「実力の差」が出て勝負にならない。。。

 

 

つまり5歳刻みでカテゴリーが分かれる「ベテラン選手権」は、

 

実によく構成されており、同世代選手と闘うのでモチベーションも高く保て、

 

出場選手がひじょうに多い充実した大会となっている。

 

 

 

ただこの事をフェデラーに当てはめてみると... ??

 

 

 

世界ではどんどんと次世代の有望選手が台頭してきて、

 

 

最近までその筆頭であった日本の錦織 圭選手でさえも、

 

 

もはや中堅どころ... ニュースター選手が続々と出てきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば現在売り出し中のドイツのアレキサンダー・ズベレブ選手などは、

 

錦織世代より若いまだ若干22歳(2019年現在)で、様々な大会でも優勝経験もあり、

 

その中で当然フェデラーとの対戦もよくあるのだ。

 

 

その年齢差 なんと16歳 。。。

 

 

お互いに勝ったり負けたりはするが、現時点ではまだフェデラーの方が対戦成績では勝り、

 

大舞台であればあるほど、そのキャリアの差をまざまざと見せつけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もはや " Living Lngend "

 

 

「現役にしてレジェンド」

 

 

である Sir. Roger Federer は、

 

 

現世界のスポーツ界の中でも

 

 

別格の「伝説」となりつつある。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今は彼がいったいいつまでプレーしてくれるのか...

 

 

いや、その最後の瞬間を目撃したいとは思わない。。。

 

 

多分「その時」は、

 

 

とめどない涙で、まともに観る事は出来ないであろう....。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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テニスでダイエットは出来るか??

目安時間:約 15分

 

 

 

 

 

【 テニスでダイエットは出来るか??】

 

 

 

 

ブログ用45

 

 

 

 

まず結論から言うと。。。

 

 

 

「テニスにダイエット効果はありません!」

 

。。。。である。

 

 

 

何故なら テニスのなどの球技スポーツ

 

「有酸素運動」ではなく、

 

実際に「動いてる時間」「止まっている時間」に差があり

 

継続性がないので ダイエット効果はない。。。

 

という事になる。

 

 

 

 

ブログ用15 ブログ用22

 

 

 

 

すなわちランニングやジョギング、

 

自転車やエアロビクスに代表される

 

「有酸素運動」にはとても適わないという事だ。

 

 

 

 

が、しかし!!........

 

 

 

 

私はかれこれ50年近くのテニス歴があり、

 

選手としての競技歴も40年ほど、

 

そしてコーチとしての職業歴も40年以上ある。

 

 

その中で私流の

 

「テニスにおけるダイエット法」を生み出してきた。

 

 

まずテニスはダイエット効果は少ないにしろ

 

「運動効果」は充分にある。

 

 

その中でその運動量を最大限に利用して

 

「ダイエット効果」に結びつける事は出来るのだ。

 

 

 

 

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まずある程度のテニス経験者ならお分かりだと思うが、

 

運動量としてはひじょうに多いので、

 

充分に汗をかく事が出来る点だ。

 

 

運動の継続性はないとしても

 

「体力を消費する」には充分なスポーツである。

 

 

つまりその「汗をかく」を最大に利用すれば

 

当然の事、体重は減ってくる。

 

 

 

 

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私は日頃レッスンの仕事を真夏に4〜5時間行って

 

帰宅するとすぐに2キロは体重が減っているし、

 

試合などで全力プレーをしてから体重を計っても

 

同じ位はすぐに落とせる。

 

 

後はそのテニスの時間に

 

「ほんの少しの工夫」を付け足してやればいいのだ。

 

 

 

【 工夫1】

 

 

ボディーサポーターやスパッツ、または「腰ベルト」等の利用

 

 

【 工夫2】

 

 

アミノ酸系のサプリやスポーツドリンクなどの併用

 

 

【 工夫3】

 

 

アフターテニスでの意識

 

 

 

 

これらの点を注意するとかなりのダイエット効果となる。

 

 

実際に私はこれらの実践で

 

年齢を追って来た近年に

 

「学生時代」と同じ体型の「数値」に戻せている。

 

 

 

まずのボディーサポーター等の利用について

 

 

近年では

 

ひじょうに高機能なインナーのスポーツウェアが

 

あらゆるメーカーから発売されている。

 

 

 

 

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だいたいどこの製品でも良いのだが、

 

テニスのTシャツやポロシャツの下に必ずそれを着用し、

 

またテニスパンツの下にもフィット系のスパッツを必ず着用する。

 

(夏場はショート、冬場はロングなど)

 

 

これらは多少「キツめ」の方が効果があり、

 

やや「加圧トレーニング的効果」も望める。

 

 

また私はプレーの際は必ず「腰ベルト」をして

 

「骨盤のズレ」を防止するようにしている。

 

 

この腰ベルトもどのようなモノでも良く、

 

ゴム製のものでもウェットスーツと同じような生地の

 

平たいベルトでも何でも良い。

 

 

 

 

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これらの着用で通常よりも大量の汗をかく事が出来、

 

身体のサポートもしてくれる一石二鳥のアイテムである。

 

 

最近ではプロゴルフプレーヤーなども

 

殆ど100%に近くインナーを着用している。

 

 

 

次に「アミノ酸」系のサプリやドリンクの利用

 

 

 

プレー時にはもちろん水分補給は必要だが、

 

このアミノ酸はプレーの30分前位に飲んでおくと良い。

 

 

 

 

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実際のプレー時には

 

水か薄めのスポーツドリンクで充分なのだが、

 

一番のポイントはプレー前に体内に入れておく事である。

 

 

これにより、プレーを始めて少し経った頃から、

 

体内の循環がひじょうに良くなり、

 

汗もかきやすく身体も動きやすくなり一石二鳥となる。

 

 

つまり所謂「アドレナリンが出る」のと近い状態、

 

またはそのものに出来るのだ。

 

 

 

 

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パフォーマンスも上がり、

 

その上身体も痛めにくく筋肉痛にもなりにくい。

 

 

 

最後にのアフターケア

 

 

 

楽しく、また激しくプレーをして大量の汗をかいて、

 

「ハイ、おしまい」。。。

 

 

ではひじょうにもったいないし、

 

かえって身体に悪い。(笑)

 

 

運動をした後は必ず

 

「アフターケア」が必要である。

 

 

 

 

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まずプレーを終えた後は、

 

出来るだけ早めにシャワーや風呂に入り

 

更衣をする事が大切である。

 

つまり「かいた汗が冷えない内に」が実に大事であり、

 

一流スポーツ選手は必ず行っている

 

「必須条件」でもある。

 

 

ハードなプレーを終えたプロ選手の殆どがプレー後に

 

「アイスバス」に入るのはご存知だろうか。

 

 

「アイスバス」...すなわち

 

「大量の氷を入れた水風呂」である。

 

 

 

 

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心臓マヒ!になるのではないか?.....

 

とも思うほどだがプロ選手は真冬でもこれを行っている。

 

 

特に有名なのは体操選手や格闘技系の選手だが、

 

当然プロテニスプレーヤーも行っている。

 

 

ただコレを遊びのスポーツの後に毎回??....

 

という話ではない。

 

 

 

 

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シャワーを浴びる際に最初だけ水を出し、

 

足先から、次に手先から、

 

と順々に慣らしながら浴びていくのだ。

 

 

もちろん真冬などはたいへん厳しいので、

 

ほんの足先、手先だけで構わない。

 

 

それから少しずつ温度を上げて熱いシャワーを浴び、

 

また最後出る寸前に

 

もう一度足先、手先に水をかけてシャワーを出る。。。

 

という方法。

 

 

私はいつもプレー後は

 

取りあえずこの方法でアフターケアをして、

 

帰宅後に改めてゆっくりとぬるめの風呂に入る時もある。

 

 

そうすると身体に良い事然り、痛めにくく

 

「肥満体にならない身体作り」が出来るのだ。

 

 

 

 

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以上の全てを

 

運動前、中、後に行うのは

 

ひじょうに大変で面倒な事ではあるが、

 

プロスポーツ界ではごく当たり前の

 

「常識」である。

 

 

「身体が資本」である彼らからすれば当然の事なのである。

 

 

我々アマチュアや「普通の人」は完璧とは言わないまでも

 

少しは真似が出来る事もあるはずだ。

 

 

健康な身体の事は

 

「身体が資本のプロ」に聞け。。。

 

 

そして少しでも真似をすれば良いのである。

 

 

 

 

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この方法ならどんなスポーツをしても

 

 

「ダイエット効果」や「健康な身体作り」は出来るのである。

 

 

 

 

 

 

 

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ライバルが親友になる日

目安時間:約 7分

 

 

 

 

【 ライバルが親友になる日 】

 

 

 

 

 

ブログ用33

 

 

 

 

 

私はテニスの競技歴が約35年ほどある(2016年現在)。

 

 

その前半期は学生時代が中心で、

中1から大学卒業後10年間位まで。(約20年間)

 

 

後半期はベテランカテゴリー(40歳以降)

になってからの15年間である。

 

 

その競技歴前半と後半では明らかに意識に違いが出て来た。

 

 

それは、前半期のいわゆる「若い頃」は、

対戦相手や好敵手である「ライバル」達とは本当に

 

「敵」でしかなかった.....

 

という事である。

 

 

 

 

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もちろんその中で「戦友である親友」は出来たが、

それはほんの数えるほどでしかなかった。

 

 

会場で会っても口も聞きたくない、

顔も見たくない、相手も多かった。(特に以前負けた相手とは..)

 

 

 

 

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それに対して後半期の「ベテラン時代」では、

最初は宿敵でありライバルであるのだが、

対戦回数や時間が量んでいくと最後には

 

「真の親友」になる事がひじょうに増えた。

 

 

これは何故かと言うと、

いわゆるベテラン時代になってくると、

みな当たり前の様に年をとっている....

 

という事である。(笑)

 

 

どういう事かというと、

そこに集っている選手仲間達は

 

みな人生も半分かそれ以上過ごして来ていて、

 

それぞれの仕事や生活のやりくり、

 

家族の理解なども全てクリアして試合会場に来ている

 

という事。

 

つまり同じ「価値観」「目標」を持った

「戦友」「同朋」なのだ。

 

 

 

 

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もちろん初対面や最初の対戦時などでは

当然の事、お互いに打ち解けてはいないが、

 

せまいベテラン界では大会ごとに顔を合わせ、

何度となく対戦する事もひじょうに多くなってくる。

 

 

そうすると知らぬの内に「仲間意識」が湧いてきて

会話などをして意気が合うと一気に親密な仲になり得るのだ。

 

 

以前対戦して壮絶な試合をした相手と

何大会後にはダブルスのペアを組んだ。。。

 

なんて経験もあるし、

 

またそうゆう人達がひじょうに多いのもベテラン界の特徴である。

 

 

 

 

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「ええ!?この前に試合で大げんかをしていたあの2人がペア組んだの!?」

 

 

なんて話もしょっちゅう聞かれる。(笑)

 

 

私も15年間ペアを組み

15大会で優勝した親友であるパートナーとは、

 

それ以前は「顔を合わせたくない相手」

 

であった。

 

 

しかしそこはやはり皆「大人」になっているのである。

 

 

ある機会に言葉を交わし、

きっかけを掴むと一気に友達となるケースが多い。

 

 

 

 

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また実は皆それを期待して楽しみにしているのだ。

 

 

試合中は「親の敵」とまでの意識で戦っていても

ひとたび試合が終わると、握手して談笑したり、

その夜に一緒に酒を酌み交わす

 

なんて事もけっこう多いのだ。

 

 

それがベテラン選手権の良いところであり、

だからこそ皆試合に「ハマる」のかもしれない。

 

 

 

「年をとってから得た親友」というものは人生において

 

 

「かけがえのないもの」なのである。

 

 

 

 

 

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テニスコーチは女性にモテる??……

目安時間:約 10分

 

 

 

 

 

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私は学生のアルバイト時代を含めると

テニスコーチ歴はざっと40年になる。

(2016年現在)

 

 

その中で最近はあまり聞かれなくなったが、

20代、30代の頃は決まって言われていた。。。

 

 

 

 

「テニスコーチってモテるんでしょう??。。。」

 

 

 

 

特に女性よりは男性からの問いかけの方が

多かったように思う。

 

 

その度に私は

 

 

「ああ.....チョット " いろめがね " で見られてるなぁ....。」

 

 

と感じてあまり良い気分ではなかった。

 

 

じゃあ、実際のところどうか??.....

 

と言われると.....

 

 

"  確かに当たっている。。。"......

 

.......である。

 

 

 

 

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私は将来はプロ選手を目指すつもりで

或る「テニスで有名な大学」に入った。

 

 

そこは日本でも有数のテニス選手を輩出してきた

いわゆる「名門」だったので入部する際にかなり苦労はした。

 

(それについては当時あらゆる方面で尽力してくれた父親のおかげに他ならない...)

 

 

 

 

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そして4年間体育会庭球部で切磋琢磨してきた訳だが、

そのおかげで現在があると言えるのは事実だ。

 

 

プロ選手になり世界を転戦する「夢」は破れたが、

それでも指導者としてテニスに携わりたい

と思い始めたのもこの頃である。

 

 

就職は仲間達が一般企業を望んだ中、

私は「テニスの会社」以外は考えていなかった。

 

 

コーチとしては、

大学在学中にアルバイトとして様々なテニススクールに

アシスタントとして派遣されたのが始まりである。

 

 

 

 

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私の大学はOBその他、

テニス界にも精通していたので依頼は多かった。

 

 

部員が交代制で

各テニス施設にアルバイトとして派遣される。

 

 

1年生の時に私にもその順番が回ってきて、

或る東京の有名なテニススクールに

バイトとして行ったのが最初であった。

 

 

当時テニスは「第一次テニスブーム」を迎え、

かなりの人気スポーツとして

マスコミや様々なメディアでも取り扱われていた。

 

 

ファッションとしても注目され始め、

いわゆる「軽井沢ブーム」

夏になると避暑地へ行きテニスをする

という流行期にあった。

 

 

 

 

 

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若い女性達がこぞってお洒落なテニスウェアに身を包み、

避暑地でプレーする。。。

 

 

といったバブル経済に便乗したトレンド

まさに浸透し始めた時代である。

 

 

OLや女学生達が競ってテニスを始めた

 

第1期の「黄金時代」である。

 

 

 

 

 

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そんな中に「指導者」として入って行くのだから

ウキウキ感がないと言ったらこれはウソになる。

 

 

私達も当時は男ばかりの体育会での日常だったので、

コーチのバイトが回ってきた時は

つい浮かれ気分になったのも当然と言えよう。

 

 

おまけにバイト代ももらえるのだから。。。

 

 

(当時1時間半のレッスンで1800〜2500円、1日2〜3レッスン

 

40年前の学生のバイト料としてはかなりのものであった。。

 

 

いつもとまるで違う環境.....

スコートに身を包んだテニスギャルが大勢待っていたのだ。

 

 

 

 

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18〜22位の青年男児にとっては

何とも「幸せな環境」である。(笑)

 

 

当然教える立場から憧れや尊敬の目で見られたり、

ただ会話だけが目的であろう質問や、

羨望の眼差しで見られたことも多々あった。

 

 

ただアルバイトの身としては

規律を守り特定の生徒と親しくならないよう指導されたし、

 

 

またその数年後に自分がアルバイトを統率する立場になった際も

そこの部分は充分に留意していたことは他ならない。

 

 

しかしやはりそこは一人の若者。。。

 

 

血気あふれる青年男児がそんな環境にいたら

どこかで自制心が崩れることもあろう。。。

 

 

 

 

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私自身、仲間達、アルバイトで雇っていた学生達、

それぞれに「浮き名」が全くなかったとは否定出来ない。

 

 

後はその節度の問題となる。

 

 

実際にコーチ仲間で

生徒さんと恋愛し結婚までに至ったケースも多々あった。

 

 

まあそこまでいけばおめでたい話ではあるが。。。。

 

 

私の仲間の中には年上の女性と深い関係になり、

かなりこじれてその後の就職にも影響したケースなどもあった。

 

 

若くしてスレスレの男女関係の勉強をさせられた者もいた。

 

 

 

「えっ!? 私はどうだったのかって?。。。。」

 

 

 

それは。。。。

 

 

 

まだここでは話す「勇気」が出ない・・・・・・・

 

 

 

また次の機会に述べるということで

 

とりあえずこの場はご勘弁を。。。。。(笑)

 

 

 

 

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ZONE に入ったハナシ

目安時間:約 28分

 

 

【 ZONE に入ったハナシ】

 

 

 

ブログ用3

 

 

 

よく一流スポーツ選手の話などで

 

「ZONE(ゾーン)に入る」

 

という言葉をしばしば聞いたことがあると思う。

 

 

 

 

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これはスポーツに限られたことではないが、

究極の集中状態(フロー状態)で

結果に結びつくことから

スポーツ界での例えが多く取り上げられる。

 

 

 

 

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私は中学1年から

かれこれ45年以上テニスというスポーツに携わり

大会出場・試合経験も数多く経験してきた。

 

 

競技歴そのものは40年近くはあると思うが、

自分ではっきりとZONEに入った....

と言える経験が過去2度ほどあった。

 

 

その2回共にベテランの年齢にになってからであった。。。

(テニス界では35歳以上の大会にベテランのカテゴリーを設けている)

 

 

学生時代、

20代の若い頃にはそのような経験をしたことはなかった。

 

 

 

 

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またそれは

2回共45歳以上のカテゴリーに出場した同じ年であった。

 

 

 

1回目は毎年春に行なわれるベテラン選手権で

「東京オープンテニス選手権」

のシングルスで決勝まで進んだ時であった。

 

 

 

決勝まで出れるとは自分では全く予想していなかったのだが、

3、4回戦あたりで強敵に勝ってからは

どんどん調子が上がってきたのが分かり、

驚くほどリラックスした状態でプレーが出来たのを覚えている。

 

 

 

 

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決勝では破れたが、

後で思い起こすと3、4日の間ZONE状態

にあったと言えるだろう。

 

 

 

 


 

 

 

 

更に数ヶ月後の2回目は、

1回目よりその数段上のZONEに入ったことがある。

 

 

 

数段上というのは、大会のレベルが格段に違うという意味で、

1回目の東京オープンが一応関東圏の大会であったのに対して、

2回目の大会は「全日本ベテランローンコート選手権(当時名称)」

<現全日本グラスコートベテラン選手権>

という更にグレードが3つも上の「全日本」の冠の大会だった。

 

 

 

 

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つまり出場選手は殆ど全日本級ばかりであり、

ひじょうにレベルが高い

まさに日本でもトップクラスの大会だった。

 

 

 

私はいつも大会には

単複(シングルスとダブルス)エントリーをしていたが、

自分のプレースタイルからダブルスの方が得意で好成績が多く、

過去15大会ほどの優勝経験があった。

 

 

 

シングルスに於いては、

いつもベスト8入りあたりを目標として、

負けた後はダブルスに集中する、

といったパターンが常であった。

 

 

 

 

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しかしこの2回のZONE状態は

 

いずれもシングルスに於いてのことだった。

 

 

 

時は2005年の11月

毎年最後の大会で九州は佐賀県で行なわれる

 

「全日本ローンコート選手権」に出ていた私は、

 

年に1度のローンコート(芝生のコート)

でのプレー出来ることを楽しみにしていた。

 

 

 

ご存知の方も多いかと思うが、

テニス界に於いて芝生のコートというのは特別であり、

かの有名なイギリスのウィンブルドン選手権

と同じ雰囲気が味わえる

日本では数少ない経験が出来る大会であった。

 

 

 

 

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芝生のコートは整備等が実に大変で

1年に何回しか使用出来ない、

続けての使用は許されない

ひじょうにデリケートなコートで

且つたいへん貴重なものである。

 

 

 

私は一テニス人として

毎年この大会でプレーさせてもらえる事に

ひじょうに光栄に思い喜びを感じていた。

 

 

 

大会出場選手は

ランキング上位者から順に本戦ストレートインとなり、

それに外れた選手は予選を行い

数枠しかない予選通過者の権利を得て

本戦に望むシステムである。

 

 

 

 

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私は運良く本戦にストレートインを果たしたが、

ドローによると1回戦の相手は予選通過者の誰か。。。

となっていた。

 

 

 

これは結構嫌なもので

当日にならなければ対戦相手が決まらない

という訳で決して本戦で待っている選手が有利...

とは限らないものである。

 

 

 

むしろ予選通過者の方が先に戦ってきて慣れている

というハンデさえあるものだった。

 

 

 

私は本戦1日前の予選日に会場に入り

どうゆう状況になるか見守っていた。

 

 

 

 

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予選出場者もみな強者ぞろい

誰が上がってきても嫌な相手ばかりだった。

 

 

 

その中でも出身校は違ったが

大学時代の私の同期で、

社会人でも「実業団リーグ」で活躍してきたY田選手がいた。

 

 

 

学生時代は彼と私とでは雲泥の差があり、

彼は全日本でもトップクラスの選手であった。

 

 

 

彼はポイントが少ないため予選に回ったが、

実力でいえば堂々の本戦ストレートイン選手であり、

私は「彼とだけは当たりたくない。。」

と試合状況を固唾をのんで見守っていた。

 

 

 

 

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案の定Y田は楽に勝ち上がり

予選通過者全員ので本戦ドローのどこへ入るかの抽選となった。

 

 

そして。。。

 

 

抽選結果は

見事私の相手にY田が当たってしまった。

 

 

 

私はこの瞬間、一種の絶望感に苛まれ

 

「あ〜あ〜、よりによってY田に当たるとはな。。」

 

と半ばやけくそな感情にすらなっていた。

 

 

 

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おまけに本戦のドローでは

私とY田の1回戦の勝者が

同じ日に2回戦で待っているN山選手と戦わなくてはならない。

 

 

 

2回戦で待っているN山選手

先の東京オープンの決勝で破れた相手である。

 

 

 

大会直前の降雨の為、

日程が縮小され強行スケジュールに変更さていたのだ。

 

 

 

もし仮に1回戦を勝てたとしても

更にもう一人強敵が待っている。。。

 

 

 

しかし勿論のこと、

先のことは考えずに目の前の一戦に集中するのは私の主義であった。

 

 

 

私はこの時点でひとつの踏ん切りがついていた。

 

 

 

 

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「対戦相手に不足なし!

 

むしろ守るものはなく思い切り当たれる相手」。。

 

完璧に開き直ったのである。

 

 

 

ただ私には不思議にも自信が一つだけあった。

 

 

 

年に一回の芝生のコートでのこの大会。。。

私は既に5年連続で出場していた。

 

 

 

それに対し、格上と思われる二人。。。

 

 

 

Y田は一般の時代以来の参加でかなり芝生は久しぶり

N山選手は初めての芝生コート大会の参加であったのだ。

 

 

 

 

ブログ用5

 

 

 

 

「芝生コートでは経験がモノを言う。。。

 

 

。。。俺の方が絶対に慣れている。。。」

 

 

 

 

 

試合当日は

何故かひじょうに冷静な気持ちで臨めたのである。

 

 

 

Y田との1回戦、

案の定彼は強いストロークで私を攻め、

私は3−6で1stセットを落とした。

 

 

 

「ああ、やっぱりアイツは強いなぁ。。。」

 

と感じつつも私は自分のプレーだけに集中した。

 

 

 

Y田ストロークがひじょうに強く

自信を持っているプレイヤーであり、

対する私はサーブ&ボレーを中心としたネットプレイヤーだった。

 

 

 

 

ブログ用10

 

 

 

 

好対照の二人の対戦だったが、

球足のひじょうに速いローンコートではネットを取る方が有利!!

との絶対の自信が私にはあった。

 

 

 

2ndセットを私が獲ると

ファイナルセットはそのまま自信をつけた私のペースとなり

見事勝利する事が出来た。

 

 

 

スコアは3−66−36−3の逆転勝ちであった。

 

 

 

終わった後は自分でも信じられなかった。

 

 

 

「あのY田に勝った。。。。」

 

 

 

喜びも束の間、

その1時間半後にはN山選手との2回戦が待っている。

 

 

 

 

ブログ用30

 

 

 

 

しかし私には勝った喜びで疲れもあまり感じず、

 

「次もやってやる。。」

 

と不思議な力が湧いてきていた。

 

 

 

Y田に勝ったことよりも春に負けたN山選手に雪辱がしたい!

との気持ちが強く湧いてきた。

 

 

 

N山選手は芝生が初めてとはいえ、

私と同じサーブ&ボレーヤー

実に芝生に合ったプレーをする選手であった。

 

 

 

予想通り彼はすぐに芝に慣れ、

試合は一進一退の攻防となり

ネットプレーのせめぎ合いとなった。

 

 

 

しかし私は競れば競るほど

 

「ここのコートでも彼に負ける訳にはいかない!。。」

 

という気持ちが折れずに戦い続け、

 

 

 

 

ブログ用19

 

 

 

 

大接戦ではあったがこの試合も最後には

ファイナルセットで勝利することが出来た。

 

 

 

既に夕方になり日が落ちる寸前だった。

 

 

 

1日に2人の格上のジャパン選手と戦い、

共にファイナルセットで2人に勝利した。

 

 

 

こんな経験は今までにはなかったことだ。

 

 

 

普通なら疲れてクタクタになるところだが、

私は何故か試合後もリラックス出来ていた。

 

 

 

勝った喜びと

他の選手仲間からの祝福でひじょうに気分が良かった。

 

 

 

 

ブログ用9

 

 

 

 

翌日はまたもや強行スケジュールで、

シングルスは3回戦

終わってからはダブルスが勝てば2試合

と通常では考えられない日程であった。

 

 

 

おまけに当たる相手は全てジャパン選手と、

またも容赦ない1日であった。

 

 

 

しかし私はシングルスもダブルスも

 

「先のことは考えない。。。

 

今のこの試合に集中するのみ。。」

 

と思っていた。

 

 

 

午前中のシングルス3回戦、

関西のジャパン選手であるA部選手

これまた接戦ではあったが、

7−6 6−3のストレートで勝利すると、

 

 

 

午後のダブルスではやや疲れが出たが、

それでむしろリラックスできたのか

2試合とも勝利することが出来た。

 

 

 

2試合目のダブルスが終わったのは

やはり日没寸前であった。

 

 

 

 

ブログ用8

 

 

 

 

ここまで2日間でシングルス、ダブルス

合わせて15セット戦ったことになる。

 

 

 

当時、試合後に私はそんなことは何も考えていなかったが、

選手仲間で第一シードのH岡からそのことを指摘されて初めて

 

 

 

「ああ、そうか15セットもやってるんだ。。」

 

という感覚でしかなかった。

 

 

 

後から考えるとジャパンクラスの大会で

1日平均7〜8セット戦うなど考えられないことだった。

 

 

 

もしその量の試合をすれば

間違いなく次の日は

「使い物にならない」状態になるのは必至であった。

 

 

 

私はもちろん疲労しており

アフターケアで消炎剤などを全身に塗りたくってから就寝していたが、

翌日起きると「心地よい疲労感」程度にしか感じていなかった。

 

 

 

 

私は選手仲間の中でも

決して体力で勝る方ではなかったが、

何故かこの大会では疲れをあまり感じなかったのである。

 

 

 

 

ブログ用23

 

 

 

 

大会3日目はシングルス準決勝となり、

これも格上で勝ったことがなかった

ジャパン常連の先輩選手と当たったが、

またもや3−66−36−3のファイナルセットで勝利した。

 

 

 

これで次は決勝戦となった。

 

 

 

もはや「神がかっている。。(笑)」

 

とも思えるほどにリラックス出来ていた。

 

 

 

午後のダブルスでは

第一シードのペアに破れベスト4に終わったが、

 

むしろ「荷が軽くなった。。シングルスに集中できる。。」

とさえ感じていた。

 

 

 

 

ブログ用24

 

 

 

 

ただ後から分ったことだが、

実際には私の「不思議な体験」はそこまでであった。。。

 

 

 

大会も最終日を迎えると

負けた選手は殆ど帰路につき、

勝ち残っている選手数名しかいないので

ひじょうに寂しくなる

 

 

 

ただこれが

勝ち残った人間しか味わえない勲章でもあるのだ。

 

 

 

決勝前夜は通常ではあり得ない

 

「翌日の対戦相手同士で食事」

 

などしてしまった。(笑)

 

 

 

関東から遠く離れた佐賀の地、ということもあり、

夕食時などは皆一人では少し寂しいのである。

 

 

 

 

ブログ用17

 

 

 

 

決勝の相手は過去に何度もの対戦で圧倒的に負け越していて、

この大会も連覇している全日本チャンピォンのH岡選手だったが、

彼もまた戦友であったので

一つ年齢カテゴリーが下の選手と3人で食事をした。

 

 

 

私はそのつもりはなかったが、

H岡が「もう知り合い3人しかいないから一緒に食事しよう」

というので「それもそうだな」

と開き直ってしまった。

 

 

 

この時点で

私の「集中」は終わっていたことになる。。。

 

 

 

翌日のシングルス決勝戦

H岡選手との試合は0−61−6のスコアで

あっけなく敗退した。

 

 

 

しかし生まれて初めて全日本レベルの準優勝

として表彰台に立つこととなった。

 

 

 

これで私の2005年の試合すべてが終了したこととなった。

 

 

 

 

ブログ用16

 

 

 

 

今から11年前のあの4日間。。

 

 

 

今でも鮮明に覚えている。。

 

 

 

1回戦から準決勝に勝つまでの

 

3日間17セット。

 

 

 

なんでどうやって自分の身体がもったのか。。。

 

 

 

ブログ用28

 

 

 

今でもまだ信じられない経験だった。

 

 

 

そして疲れもさほど残っていなかった。。。

 

 

 

その時には自分では気づかなっかたが、

 

あの3日間は私はZONE状態にあったのだと。。。。

 

 

 

3日も続くのか!?と問われても答えは分らない。。。

 

 

 

その都度、試合ごとに入っていけたのかもしれない。。。

 

 

 

 

ブログ用1

 

 

 

ただひとつ確実に言えることは、

 

 

 

「ひじょうにリラックス状態にあり自然と集中できていたこと」

 

 

 

そして、

 

 

 

毎日その場に立てた事に

 

「感謝」と「この上ない喜び」を感じていたこと。。。

 

 

 

 

これしかなかったように思える。

 

 

 

 

これを「ZONE に入った」と言わずして

 

他に何と表現するものであろうか。。。。

 

 

 

 

ブログ用21

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ツラい!キツい!しんどい!ムカつく!……の同意語とは??….

目安時間:約 20分

 

 

 

 

【ツラい!キツい!しんどい!ムカつく!....

 

                    

           の同意語とは??...】

 

 

 

ブログ用88

 

 

 

⬛️ 第1期 (20〜30歳代)

 

 

 

私は中学から始めたテニスを

高校・大学まで続け、学生時代の大半を

テニス一色で過ごしてきた。

 

 

 

高校を卒業するまでは、

本気で将来プロ選手になり世界各地に遠征したい!

と夢を描いていた。

 

 

 

その夢は当時の大学テニスにおいて

日本のトップクラスの体育会に入部したまではよかったが、

卒業する頃には現実の厳しさの前に断念せざるを得なくなっていた。

 

 

 

高校時代までは自分で自分の才能を信じ

大学で開花するつもりであった。

 

 

 

しかし伝統ある大学のテニス部に入ったことにより、

そのレベルの高さ・ライバルの多さ・

厳しい練習からの現実逃避願望などから、

徐々に選手としてのテニスへの情熱が薄れていってしまった。

 

 

 

 

ブログ用87

 

 

 

 

ただプロ選手としての道は断たれたものの、

テニスに携わる仕事がしたいという気持ちは薄れなかったので、

就職はテニスが出来る会社にしようと

他の選択肢は当時の私には全くなかった。

 

 

 

4年生半ばでクラブを引退した後、

東京と神奈川のテニススクールでアルバイトをしながら

就職活動をほんの少しだけ行なった。

 

 

 

当時は現代と違い

自分が色々な候補の会社の中から選べる

といった恵まれた環境にあった。

 

 

 

私が望んだ「テニスの会社」からは

数社のオファーを頂き 最後まで何処を選ぶか悩む

といった状況であった。

現代からは想像し難い時代かも知れない..)

 

 

 

私は色々悩んだ結果、

最初にアルバイトコーチとしてお世話になった会社

へ就職することを選んだ。

 

 

 

「好きで得意なテニスを活かして仕事が出来る!」

 

 

 

期待に胸を膨らませて

社会人としての新たな人生が始まった。

 

 

 

ただ勿論のこと、アルバイト時代とは訳が違い、

雇用形態・業務内容・就労時間など

社会人としての厳しい現実が待っていたのは言うまでもない。

 

 

 

数年が過ぎ、私は

 

「仕事としてのテニス」

 

にやや疲れ始めていた。

 

 

 

 

ブログ用70

 

 

 

 

就職する以前のあるコーチのアルバイトが終わった日の夜

、当時お世話になっていたスクールの主任で後の上司となる校長と

或る生徒さんのお宅のホームパーティーにお招きを受けた時のことである。

 

 

 

普段のレッスン中とは違い、

お酒も少し入り和やかにリラックスした雰囲気の中で

その生徒さんが我々にこう言った。

 

 

 

「でも皆さんいいですよねぇ...お好きなテニスをお仕事にされて♪...」

 

 

 

アルバイトで気楽な立場の私は

「そうですね!」

とすぐに返答したのだが、その時校長は、

 

 

 

「いやあ....趣味が仕事というのは結構ツラいものですよ...」

 

 

 

とボソッと本音をこぼした。

 

 

 

私は尊敬する彼の口から

そんな言葉を聞いたのは初めてだったので、

実に意外であったが何となく分かる様な気もした。

 

 

 

その「言葉」は

私が就職した後も常に脳裏に焼き付いて離れていなかった。

 

 

 

年月を追うと共に

徐々に仕事としての「テニス」が辛くなり

「営業接待と肉体労働を同時にする仕事」

などとも思い始めていた。(苦笑)

 

 

 

 

ブログ用85

 

 

 

 

そして11年後にその会社を退職するまで、

仕事としてのレッスン業務から解放されたい

と常に感じて日々過ごしていた。

 

 

 

その後テニスを離れた私に

新たな試練の数年間が待っていたのだが、

最後にふたたび仕事として戻ってきたテニスコートに立った時、

 

 

 

「なんて居心地がいいんだ...」 としみじみ痛感した。

 

 

 

「趣味が仕事ってツラいことなんだ」

 

 

 

と感じた20代から12年が経っていた。

 

 

 

「好きなことを仕事に出来るなんて自分は何て幸せなんだ...」

 

 

 

と素直に感じた。

 

 

 

世の中にはどんなに頑張っても評価されなかったり、

お客さんの理解を得られなかったり、

クレームを受けたりする仕事など

当たり前のように存在する。

 

 

 

その中で自分は頑張れば頑張るほど

お客様の「笑顔」が

すぐそばに感じられる仕事をしている。。

 

 

 

 

ブログ用85

 

 

 

改めて「人に楽しみを与える仕事」

 

の素晴らしさを実感できたのである。

 

 

 

 

その時私は既に35歳になっていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

⬛️ 第2期 (40〜50歳)

 

 

 

ふたたび選手としての夢を追いかけたベテラン時代、

私はテニスの仕事に個人事業として再出発して

5年ほど経っていた。

 

 

 

当時レッスンの仕事以外は比較的時間に余裕があったので、

休みの日や午後などに知り合いのテニスクラブにビジターとして招かれ、

よく遊びに行っていた。

 

 

 

 

ブログ用83

 

 

 

そのクラブは日本でも有数のクラブで、

過去にデビスカップの会場としても使用された

誰もが知りうるテニス界でも有名なクラブだった。

 

 

 

所属会員もテニス界の重鎮をはじめ、

会社経営者はもちろん各界の有名人も名を連ねていた。

 

 

 

私は当時は以前の社員時代よりも

自分のテニスの時間を持つことが出来ていたので、

歳は重ねていたがスキルも円熟味を増してひじょうに好調だった。

 

 

 

そのためビジターとしても常に歓迎される様になり、

有名なテニス界の大先輩とも

よくセンターコートでプレーさせて頂いていた。

 

 

 

 

ブログ用80

 

 

 

 

 

次々と腕に自信のある会員が

私にゲームを申し込んでくれて存分にプレーさせてもらった。

 

 

 

それは休む間もないほどの嬉しい悲鳴であったが、

まだ若かった私はそれを実に楽しんでいた。

 

 

 

そんな或る日、

元デ杯選手でもあり、

日本を代表するプロテニスプレイヤーの大先輩

 

 

 

ゲームの後にこう話しかけられた。。。

 

 

 

 

「また試合に出てみたらどうだい?」

 

 

「君の年齢なら今はベテラン選手権があるよ」

 

 

 

 

 

 

ブログ用82

 

 

 

 

私は試合のことなど数年間は頭にもなかったが、

その時の自分の好調さを活かし

レベルを確かめるにはちょうど良い機会と思った。

 

 

 

そして35歳以上から5歳刻みで開催される

 

「ベテラン選手権」 に出場することにした。

 

 

 

ちょうど40歳になる年から大会出場を始め、

その後15年もの間

ふたたび試合にチャレンジし続ける選手生活を

仕事と両立することとなった。

 

 

 

何年もの間、数々の修羅場や挫折、栄光を経験し、

毎年10月にはシーズン集大成の

 

「全日本ベテランテニス選手権」

 

に常連として出場するようになっていた。

 

 

 

 

事実学生時代に成し得なかった

 

「全日本」への出場を

 

ベテランになってからは毎年のように果たすことが出来た。

 

 

 

 

ブログ用78

 

 

 

 

そんな或る年、全日本の会場で

私は自分の試合のORDER OF PLAY(オーダー・オブ・プレイ)

に従って準備をしていた。

 

 

 

つまり自分の試合の開始時間をだいたい把握し、

時間を逆算して様々な準備をすることである。

 

 

 

私は食事時間やサプリメントの補給、

更には「痛み止め」の薬や身体に装着する色々なサポーターなど、

人一倍に時間がかかる選手であった。(笑)

 

 

 

その日は朝から小雨が降っており、

本降りになる一歩手前のあいにくの天候で

試合が続行されるかも微妙な状況だった。

 

 

 

オーダー・オブ・プレイが幾度となく変更になり、

ひじょうに準備時刻が予想出来ず計算できない状況が続いた。

 

 

 

ブログ用77

 

 

 

そしてやっと次の試合と決まり

最終準備をしていたその矢先、

またしても本部により時間変更がなされた。

 

 

 

さすがに普段は温厚な私(??)も

その時だけはキレかかり

大会本部に怒鳴り込みに行ってしまった。

 

 

 

本部側もてんやわんやの状態で、

慌ててまた私の試合時間を変更し元に戻した。

 

 

 

しかしそんな不安定な精神状態で試合に望んでも

良い結果は得られないのは明白だった。。。

 

 

 

私はシードダウンを喫しその試合に敗れた。

 

しかし終わった後も実に煮え切らない。。。

 

 

 

なんと云う大会運営の手際の悪さ。。。

 

 

 

ただ負けた人間がもう言う事はなく

私は収まり付かない気持ちを電話で一番親しい人生の先輩に

文句タラタラと聞いてもらった。

 

 

 

 

ブログ用50

 

 

 

 

するとその先輩はこう言った。

 

 

 

「そんなことで怒ってはダメだよ。。。

 

今、その場にいられることを幸せと思いなさい」

 

 

 

私は我に返った。

 

 

 

「その通りだ。。。

 

私は今、選ばれた人だけしか来れない場にいる。。。

 

 

此処に来たくても来れなかった多くの選手達の代表として立っているのだ。」

 

 

 

「自分はなんて幸せな人間なのか」

 

 

 

今この場にいられることに

感謝しなければならないと。。。。

 

 

ベテラン選手の世界は実力があっても

仕事や家庭の関係で時間が取れず、

試合に出れない人たちも数多くいる。

 

 

 

独身で自営業の私は全てこの大会に照準を合わせて

年間のスケジュールもたてられる恵まれた環境にいるのだ。

 

 

 

今この場にいられることが最大の喜びであり幸せなのだと。

 

 

 

 

ブログ用76

 

 

 

 

私はこの時から常に考えるようになった。

 

 

 

「怒る前に今一度よく冷静になってみよう」

 

 

 

「お前それ本当にそんな怒るべきことなのか?

 

 

 長い人生のなかで...」

 

 

 

「ひょっとしたらむしろ幸せなんじゃないの?」

 

 

 

「近い将来にはきっと笑い話になってるよな...」

 

 

 

今生きているだけでも幸せなはず。。。

 

 

 

 

ブログ用74

 

 

 

好きなことにチャレンジし続けているなど

 

 

 

まさに「幸せの極み」である。

 

 

 

 

私は44歳にしてまた大きな人生勉強を得ることとなった。

 

 

 

 

「試練よありがとう!君はまだ私を成長させようとしてくれているのか」

 

 

 

 

 

 

ブログ用72

 

 

 

 

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